ザルツブルグ

「もう20年も前の事を、どういう風に思い出したらいいのかよくわからないのであるが、僕の放浪時代のある冬の夜、大阪の道頓堀をうろついていた時、突然、このト短調のシンフォニーの有名なテエマが頭の中で鳴ったのである。」(小林秀雄 モーツアルトより)
小林がこれを書いた1946年から18年後、その研ぎ澄まされた文章に出会い、それを通してモーツアルトを聞くようになった頃から
モーツアルトの美しい旋律の中に突如現れる暗黒の部分の源流を探りに、彼の過ごした町を訪れたいと考えていました。
モーツアルトはこのザルツブルグで生まれ多くの旅を重ねてウィーンで35年の短い生涯を閉じます。ザルツブルグは其の名のとおり塩の取引で栄えた町でモーツアルトが生まれた18世紀はカトリックの大司教が統治する独立国家でした。
今日のザルツブルグは音楽祭で有名な町でモーツアルトの生家のほか、カラヤンの住居、祝祭劇場など音楽にゆかりの深い建物が散らばっています。町は思ったより小さく、もっと規模の大きい劇場や音楽堂があるのかと想像していた小生にとって少し肩透かしを食った感じでした。ホーエンザルツブルグ城に上ると正面にアルプスの山々が迫り、ここがサウンドオブミュージックの舞台であったことを印象付けます。
モーツアルトの生家は旧市街にある建物の3階で生まれました。内部に入ってみると意外と広い室内で台所を含め4部屋ぐらいあります。ここでモーツアルトは宮廷奏者の父から様々な音楽を習ったのでしょう。6歳の時にはすでにウィーンに出向きマリアテレージアの前で演奏をしています。神童と呼ばれた彼がこの生家で過ごした6年間と彼を育てた父親の偉大さを考えながら、モーツアルトチョコレートを口にする訪問でした。






















ホーエンザルツブルグ城よりアルプスを望む モーツアルトの生家

ザルツブルグ旧市街 ザルツブルグ旧市街
ミラベル庭園より城を望む 銘菓ザッハトルテ


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